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コールマンヒストリービデオ - がんばれ、コールマンジャパン!

コールマン エレキテル連合
「コールマンジャパンさま、ダメよ〜ダメ、ダメ!

ちょっとコールマンジャパンのサイトを見ていたら、すごく勉強になるページを見つけたので紹介する。

コールマンの歴史を、かっこいいフラッシュ動画で見せてくれるのだ。

それも、WCコールマンの創業からの話で、内容も、写真も、すべて良かったのだ。

さすが〜、コールマンジャパン!!  とっても勉強になりました!

​ん?前からあった? いや、わたすは、さっき見つけたのだ。

でもって、ちょっと勝手に画面を埋め込んでしまったのだ、ごめん。でも、とってもすごいのよ。

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そんでは、そのフラッシュを見てみよう。(スマホじゃ、ちょっとダメかな? 家に帰って見よう)。


字が小さくて見えん、という方は、下の写真をクリックしてね。フル画面で見えます。
コールマンヒストリー

フラッシュ見た? どう? すごかったでしょ。

んで、左下の年表をクリックして見てみると、コールマン製品が写真入りで見える。

すげ〜、レアモデルの大行進だ〜。

・・・・・・・ ん? おや? これは?

コールマン エレキテル連合
ダメよ〜ダメ、ダメ!

「下の初期コールマンがある写真、8個あるが5つがへん。そんでもって、コールマンじゃないのも1個ある

コールマンヒストリー

デラックスクイックライト・・・これパーラーランプよ。花瓶がちがうの。1920年代初めに、最初パーラーが来たの、800台くらい作って、デラックスはちょっと遅れて来たのよ。2,000台くらい作られたと聞いたわよ。

モデルA・・・これコールマンじゃなわよ。サンシャインのモデル10というランプで、特徴として、ほれ、ボールナットの輪っかが太いでしょ、コールマンのはもうちょっと細いの。それにヒートベルと傘の隙間がほとんどないので、このまま点火したら、熱がこもって傘が割れるわよ。傘は318って20年代のコールマンオリジナルだけど、割れたら超もったないわよ。

134・・・この子の傘は、リプロよ。それにこんな傘はつかないわよ。

最後にアークランタン、コールマン本家の写真だけど、一個リプレースなの。ベイルが。後期のベイルが付いているわよ。一つ穴カラーのアークは、初期アーク。ちょっと見えないけど、丸い真鍮製のベイルがオリジナルのはずよ。

もうこのくらいで。

がんばれ、コールマンジャパン!!
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以下は、動画で順に表示される写真です。
これだけ作るのに、企画から詳細仕様、それにデザインなど、かなりの時間を費やしたと思います。
コールマンヒストリーコールマンヒストリー
コールマンヒストリー

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おわり
 

コールマンの歴史 区切り 20:54 区切り comments(0) 区切り trackbacks(0) 区切り

コールマンランプアンドストーブカンパニー

The Coleman lamp and stove Co(1928-1945)

1929年当時のお店社名は単に"&"から"and"になっただけだ。当時の製品にこれらの社名が付くのだが、かなりのタイムラグがあり、社名の期間と製品の製造期間はほとんど一致しない。参考までに、"&"の社名を用いた当時のランタンは、1935年頃まで製造された。

右の写真は1929年当時のコールマンを売るお店のウィンドウである。今で言う高級ブティック店のようだ。(ランプは左がクイックライト、右がインスタントライトの117 or 118 or 119のいずれかである)。

しかし、このようなお店も直後、どん底に落ちる羽目になる。いわゆるバブルであった当時の米国は、1929年、世界恐慌と言われた株価の大暴落で国内の景気は一気に落ち込む。もちろんコールマンとて例外ではない。

コールマンはこの危機を、20年代後半から改良を続けてきたインスタントライトという画期的な点火方式の(完成形の)モデルを1930年に商品化(220B/228B)したのを初め、室内用ヒーターやキッチンレンジ、灯油ランタンなどで幅を広げ、アイロン、コーヒーメーカー、トースターなど電気分野も開拓し、30年代をしのいだ。しかし、テーブルランプの落ち込みは、避けられず、40年代でその生産は終わる。

復活のきっかけとなったのは、不幸にも第二次世界大戦(1939-1945)である。戦場で食べ物を煮炊きするため、また現地の水を煮沸させ安全な飲料水を確保するための、携帯可能なミリタリーストーブの開発であった。軍からの要件は、携帯性を重視し、ミルク瓶(約1リットルサイズ)ほどの大きさで、寒冷地での使用も可能なストーブを、(確か)2ヶ月ほどで試作品を完成せよ、とのことだった。コールマンにとって、この危機を回避するには、これを受注するしかなく、それまでのノウハウを集結させ、期日より早く完成される。そして、軍より大量の受注に成功し、復活を遂げる。皮肉にもその技術は、50年代に再燃するアウトドア製品開発へと引き継がれる。

1934年 キッチンレンジのカタログこの手のレンジは1920年中ごろから存在するが、写真は1934年のキッチンレンジのカタログである。種類も豊富で、当時まだ貴重だったカラー印刷である。ところで、最近驚きの事実が分かった。実は1928年に4バーナー仕様のレンジが日本向けに1,888台出荷したと記録にあった。日本国内にまだ何台かは残っているかもしれない。見つけられた方は、是非連絡して欲しい。


コールマン製の電気トースター
【参考写真】
右は、1930年中ごろのコールマン製電気トースターである。

主力商品 : ランタン、ストーブ(特に軍仕様のもの)、ヒーター、キッチンレンジ、電化製品 (今では定番商品のクーラーやジャグはまだこの時代に登場していない)

1945年以降の社名は「The Coleman company, Inc.」であり、現在もこの名前である。

コールマンの歴史 区切り 23:39 区切り comments(0) 区切り trackbacks(0) 区切り

コールマンランプ&ストーブカンパニー

The Coleman lamp & stove Co(1926-1927)

社名に"stove"の文字が追加される。これは、コールマンにとってストーブも主力商品に位置付けたことを意味する。このストーブとは屋外専用クッキングストーブバーナーのことだ。そもそもこれの登場の背景には、当時の自動車の普及と関係する。20年代に入り、ようやく一般人が個人で自動車を持てる時代が到来する。自動車はフォードが主流だったようだ。

1924年当時のキャンプ風景資料によるとT型フォードと呼ばれる自動車が爆発的に売れていたとある。生産台数は1927年までに1500万台以上を売る。その規模はコールマンのランタンどころではない。この自動車の急速な普及がレジャーを促進し、結果的にアウトドア産業を牽引した。
(写真は1924年当時のキャンプ風景である。三角テントが懐かしい。)

コールマンは、電化が進む逆境の中で、この時代の追い風に乗り、一気にトップに上り詰める。ランプなどの生活用品からレジャー用のランタン・ストーブへ脱却を図った時代であり、これが当時のコールマンを確固たる地位にした大きな要因であると考える。現在我々が当時のコールマンを手にすることができるのも、これのお陰である。

Model 9C stove(1926-1927)Model 9C stove
(1926-1927)
屋外用2バーナーストーブの3代目である。程度にも寄るがきちんと整備すれば、まだまだ現役で働いてくれる。現在の2バーナーと比べやや小さく、大きな鍋を載せると火が本体へ当たり、焦がしてしまう。ボディーは厚めの鉄板から成り、かなり重い。

ところで、20年代中ごろには、ランタン、ストーブのほかに、キャンプ道具も充実してきたようである。前述のテント他、折りたたみ式ベットや2バーナーストーブの両脇に付ける「クッキングトレイ」までも発売されていた。現在のキャンピングアイテムとさほど変わらない。

1927 Side shelves for stove1927 Siphon

上の写真左は、1927年頃のカタログ。ストーブスタンドに付く両脇のトレイに注目。

上の写真右も同じく、1927年頃のカタログ。これは、車のガソリンタンクからランタン、ストーブへガソリンを移し変える道具(サイフォン)である。ホースの部分を車側にいれ、サイフォンのハンドルの棒の部分をストーブ側に入れる。そしてハンドルを動かせばガソリンが移動するのである。

主力商品 : テーブルブルランプ(ランタンに逆転される)、ランタン、ストーブ

コールマンの歴史 区切り 19:33 区切り comments(0) 区切り trackbacks(0) 区切り

コールマンランプカンパニー

The Coleman Lamp Company(1912 - 1925)

The Coleman Lamp Company in Wichita, Kansas既にハローワイヤー(天井)ランプで成功を収めていたハイドロカーボン社は、1912年、創立者コールマンの名の一部をとり、「コールマンランプカンパニー」と社名を変更した。
ちょうどその年、ロングセラーとなったエアーオーライトランプ(モデルA後期型)の出荷が始まり、1920年初までに20万台超を記録する。
(左の写真は直営店か? ウィンドウにあるのは、シェードトップのヒートベルからして、エアーオーライトランプと思われる)


そして、そのポータブル機能を備えたランプのニーズは、屋外使用と声が上がり始めた1914年、全天候型ランプである、アークランタン(下の写真)が登場する。これがランタンの第一号モデルである。また2年後の1916年、ユーザビリティーをさらに向上させたクイックライトの投入でさらに台数は爆発的に伸びる。

そして、そのポータブルのニーズは、「灯り」だけでなく、アウトドアでは必須の「クッキング=バーナー」へも波及し、1923年屋外専用の2バーナーストーブ モデル1が登場する。その直後にはストーブ含め、月間1万台以上が生産され、最終的に数百万台を出荷したと記録にある。このあたりからコールマンの黄金時代は始まる。背景にはもちろんコールマンだけでなく、米国全体の好景気(バブル)がそこにはあった。

1912年は、映画で有名な旅客船タイタニック号が氷山にぶつかり沈没した年である。また1920年にかけて、米国では喜劇王チャールズ・チャップリンの映画が人気を博す。(「黄金狂時代」1925年作)。日本では、大正14年(翌年は昭和)、ラジオ放送が始まり、相撲協会や地震研究所が設立された。

Coleman Arc Lantern(1914-1925)Coleman Arc Lantern(1914-1925)
ランタンの第一号モデル。写真のは、恐らく1910年代後半のモデルである。
記録上の出荷開始は1914年だが、1913年12月付けの広告を確認しており、ひょっとして、その前年の1913年から発売されていたかもしれない。

当時の点火方法はアルコールを染み込ませたトーチでジェネレータを充分暖めて点火していた。この方法からこの手のランタンを「トーチライトランタン」と現在は区別している。自分は201用のアルコールカップを取り付け(ジェネにピッタリはまる)、ケロシンランタンのように点火している。とても簡単である。


W.C.Coleman1_R【参考写真】
1920年代当時のコールマン氏。ハットにスーツ姿で、コールマン氏も勉強中である。
出典:Coleman Collectors Guide Book


主力商品 : ハローワイヤーランプ(1910年代後半には減退)、テーブルランプ、ランタン、ストーブ

コールマンの歴史 区切り 07:04 区切り comments(0) 区切り trackbacks(0) 区切り

初の記事 − ハイドロカーボン

今日からブログを始めることにした。ただひたすらにコールマン研究(勉強)にいそしむつもりである。たまには違うことを書くかもしれないが。

1917年当時の若きW.C.Coleman氏まずは最初であるハイドロカーボン時代を少し勉強する。

右は、1917年当時の若きW.C.Coleman氏

Hydro Carbon Co(1903-1912)

1899年、ふと立ち寄ったドラッグストアー前での出来事。コールマンの創立者であるW.C.Colemanはそこで燦然と輝くガソリンプレッシャーランプ(*1)の明るさに魅せられる。当時、目に多少のハンディがあり、それまでの薄暗いオイルランプでの読み書きを不自由と感じていた彼にとっては、とても衝撃的な出会いであった。その後、この出会いをきっかけに、恐らく将来のビジョンが浮かんだのだろうか、一大決心をする。

即断か、熟考の末か、分からないが、彼は、そのランプを使ったライティング・サービスに身を投じる決意をする。そして、1900年、当時の僅かな蓄えをすべて投資し、オクラホマ州にて、アークランプ(エフェシェントランプ)のレンタル業を起こす。"No light, No pay"(点かなければ、支払い不要)、これが顧客に受け入れられ、規模を拡大していく。しかしながら、しばしば故障に見舞われ、ビジネスは停滞。そこで、1901(or 1902)年そのアークランプ(エフェシェントランプ)の特許を当時のランプ会社から買い取り、改良に取り組む。そして、カンザス州ウィチタに本居地を移し、1903年「ハイドロ・カーボン社」をそこで設立する。自らその改良したランプをコールマンアークランプと命名し、製造は引き続きエドワード・ミラー社にさせ、販売を始める。ハイドロ・カーボンの社名はこの1903年から始まる。

米国ではちょうどライト兄弟が初飛行に成功した年であり、自動車で有名なフォード・モーターが設立された年でもある。日本では、明治36年、日露戦争が勃発する前の年に当たる。

1905年ハイドロカーボン時代のアークランプレンタルサービス。中央建物入り口にアークランプあり。from the green book【参考写真】
1905年ハイドロカーボン時代のアークランプレンタルサービス。中央建物入り口にアークランプあり。会社設立後もレンタルサービスも並行して進めていたのだろう。
出典:Coleman Collectors Guide Book


ハイドロカーボン社の社屋と思われる。from the green book【参考写真】
ハイドロカーボン社の社屋と思われる。ライト兄弟が初飛行に成功する一方、まだまだ馬車も活躍する時代であった。
出典:Coleman Collectors Guide Book


余談になるが、コールマンのランプは電灯の無い時代の産物とよく言われるが、これは誤解を招きやすい。この時代、エジソンが電灯を発明して既に10年以上経過しており、一般人でも電灯は(高価だが)購入可能であった。また一部裕福な人はヘッドライト付きの自動車をも走らせていた。
送電システムのインフラ整備については、都市部では順調に拡大、その波は地方部へと行きつつあった。恐らく当時のコールマンは、電灯の下でランプを開発していたであろう。

1902年当時の自動車【参考写真】
1902年当時の自動車

電灯の下で車を組み立てている



1912年当時の自動車【参考写真】
1912年当時の自動車

フロントには大きなヘッドライト


電化の波が押し寄せる時代の中、コールマンにとって必ずしも追い風の中での出発ではない。しかし、その後、ランプ・ランタンは売れに売れまくる。

主力商品:ハローワイヤー(天井)ランプ、テーブルランプ

(*1) 彼が見たランプは、記録によると当時主流のアーク型ランプの一つ「エフェシェントランプ」だったとのこと。キャンドルパワーは750C.P.と言われている。(それは明るいはずだ)

コールマンの歴史 区切り 03:14 区切り comments(0) 区切り trackbacks(0) 区切り

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